|プロフィール
氏名:岩崎 久志(Iwasaki Hisashi)
所属:流通科学大学 人間社会学部 人間社会学科
研究テーマ:カウンセリング、臨床教育学、現象学的質的研究
労働者のメンタルヘルス不調の深刻化に対する企業組織の取り組みとして、当該企業の職場環境や人員配置状況の個別性を考慮した支援および研修方法の実施を提唱。
 
 

─本日は、岩崎先生に労働者のメンタルヘルス不調の深刻化について伺ってまいります。本日はよろしくお願いいたします。

よろしくお願いします。

|働く若年層のメンタルヘルス不調の原因とは

─では一つ目の質問です。働く人のメンタルヘルス問題が深刻化している原因ついて、企業に所属して働いている方々のメンタルヘルスの不調が休職や離職に繋がることは昔から問題視、大きな課題になっています。近年においては新型うつの登場など、改善というよりは悪化をする一方である、深刻化していると思われるのですが、岩崎先生の視点から、その原因としてどういうものがあるとお考えでしょうか。

原因は単一ではないと思います。例えば正式な疾患名ではないですが、新型うつと言われるものは、若い世代の勤労者の方に多いと言われていますが、メンタルヘルスを損ねて休職、離職をされる方は年代でいうと幅広いのです。

原因として、マクロ的に言えば、雇用を取り巻く環境の変化というのは大きいと思いますね。特に1990年代の半ば、バブル崩壊から少し経った後くらいからいわゆる成果主義というものがどんどん出てきて、それまでの終身雇用や年功序列という枠組みがどんどん崩れてきた。働く人の立場からすると、今まではどちらかといえばレールに乗っていればそれなりに暮らしぶりも豊かになっていった。しかし今はすごく成果も問われますし、はたして定年まで勤めあげられるのかという不安もあると思います。そのあたりで負荷が各社員にグッとかかってきたっていうのはあると思いますね。その中で雇用形態についても、現在非正規雇用が約4割と言われますが、自分の今まで築いてきたものがそのまま守れるのか、脅かされるのではないかという、そのあたりの不安も大きいのかなと思います。1998年だったと思いますが、日本の自殺者が3万人を超えたのです。そこから10年以上3万人をずっと超えた状況が続き、今は2万人くらいまで減ってきている。日本の場合、この自殺者の増加と、景気の動向って結構連動しているのです。ですから、やはり成果主義とか雇用への不安とか、経済に対する見通し、つまりそれなりに頑張っていれば給料や地位も上がっていくということが崩れてしまったのが大きな原因の一つかなと思います。

それともう一つは新型うつで言えば、特に若年層の方の個人のストレス耐性が弱くなっているのかなというのはありますね。さっきの90年代半ば以降の日本は失われた20年とか30年と言われていますよね?そういう意味では、いま20代~30代途中までの人は、もの心ついてから社会人になるまで、世の中のイメージがどんよりしていたと感じる人も多いのではないでしょうか。となると、今日一生懸命頑張ったことが、明日ちゃんと実を結ぶという確信みたいなものがなかなか持てない世代といえます。私なんかは、社会に出てすぐバブルが来たような世代ですから、何となく世の中なんとかなるなというようなマインドがその頃にすりこまれているかなと。その育った年代やその時の社会状況みたいなものも大きく影響しているのかなと思いますね。

─現代の方に多いのは、頑張ったから、今は例えば悪くても頑張ったから成果が良くなるというよりは、頑張ったとしても……というような、ネガティブ寄りのものがスタンダードというか基本になりがちであるというような感じですかね?

はい。もう一つ言えば、頑張ったことが必ず成果に繋がるということが信じがたい。

─頑張ったからこういう結果、業績、売上が上がる。そういった数値的な確証に繋がったという経験が少ないからという認識でしょうか?

それももちろんあると思いますし、もう一つは、いわゆるこういう会社に入ったら大丈夫だろうみたいな昭和の枠組みみたいなのが信じられない。ここに入社したから人生安泰だというようなことがなかなか味わえないような時代に育ってきたといいますか。お父さん世代がリストラされるのを目の当たりにしていると、なかなか成功体験を身近に感じにくいということです。一方で就職氷河期の人もいる訳でしょう?そういう人たちの背中を見ていると、これから先どうなるのだろうという不安にさらされるのは、少なくとも我々のような中高年の世代に比べると、やっぱり大きくなってしまっているのかなと感じますね。

─なるほど。一番身近ないわゆる前例、ロールモデルのような方が良い部分で作用しているのではなく、むしろ逆境にあるようなロールモデルが多いのが原因の一つとしてありそうですね。

それと、例えば私達の世代に比べるとネットも普及しているし、スマホも持っているので、情報に簡単にアクセスできますよね。そうすると、例えば年金なんかのことについても、だいたいネガティブな話しかないじゃないですか?

─そうですね。

年金は貰えるのか?みたいな話もあったり、貰えるとしても額が少なすぎるのではないかであったりとか、そういう意味でもプラスの情報ってあんまりないと思うんですよね。そこにさらされる、そういうことばかりがインプットされると、当然あまり楽観的にはなれないという。

─情報を得る手段が増えた分、入ってくるネガティブな情報も多くなっていると。どちらかというとそちらの方が目につきやすいというのもあるのでしょうかね。

それはあると思いますね。
もう一つインターネット関連で言うと、多くが活用しているインスタグラムやフェイスブックに「いいね!」という機能がありますよね。あれは心理学でも承認欲求という言葉がありますが、要は他者から評価してもらうことで自分が安心するというようなところがありますよね?例えば他人はどうでもいい、自分はこれでやっていくのだというようなこととか、自分なりの自信があればそんなに周りの評価なんて気にしなくて済むのかも知れないけれど、今のこのSNSリテラシーが当たり前になっている世代は、育ってきている中で「いいね!」をもらうことをどうしても気にしてしまう。

─より欲求が強いと言いますか、承認をされる・されないに対する気遣いが大きいというか……。

そうですね。人から認めてもらうことで、自分の自信に繋がるみたいな。だからすごく周りを気にしますよね?

─なるほど。そうなるとまた、個人のストレスの耐性にも影響が大きいと。

影響がきているのかなと思いますね。やっぱりそういう中で育ってくると、どうしても新型うつといわれるものに限らず、非常に生き辛さみたいなものを抱え込みやすいというのはあり得るのかなと思います。

─ジレンマを抱えているというか、何かしらの「いいね!」をもらいたいですとか、お互いに認め合える、「いいね!」を送りあえるような関係を求めている反面、それがなかったらどうしよう?ですとか、マイナスの部分も常に持ち合わせているような、常に不安定さを持っている状況の方が増えているようなイメージでしょうか?

そうですね。そうなると、やっぱり人目を気にしてしまいますよね?人が自分をどう見ているのかなとか。そういうことを気にしながら生活するというのも、やはりストレスですよね?仕事、特に先ほどの成果主義と結びつけて考えると、より気になってしまったりする人もいるのかなという気がします。

─成果という確実に他者にも分かるような指標が一つあって、それに対して、社会的な既存の成果主義という要素と、個人の方の承認欲求がより強まっている。そういう部分が重なり合ってどんどん深刻化しているという認識でよろしいでしょうか?

そうですね。非正規雇用の方の割合が増えていくと、自分が正社員であったとしても、責任や最終的な業務負担というものが人数の問題ではなくのしかかってきますよね?そういうこともストレスとして負荷がかかっていくのかなという気はします。

 

|メンタルヘルス不調者への効果的な取り組み、事例

─次に2つ目の質問です。メンタル不調者への効果的な取り組みの事例について、企業として働く社員のためにメンタルヘルスの不調を未然に防ぐことは大きな課題であり、企業側としても研修やセミナー、カウンセリングルームの設置などを行っていますが、それでもメンタル不調な方が増加しているのも事実上あります。企業カウンセラーとしてご従事された岩崎先生のご経験から、より今後求められるであろう個人の特性や性格、価値観などにとって効果的な取り組みとして企業が行えるものはありますか?例えば実際に改善や変わっていった事例等、実践事例というのはございますか?

『ストレスとともに働く』という拙著の52ページに、職場ぐるみのメンタルヘルス対策をという項目があります。労働安全衛生法が2006年に改正され、いわゆるメンタルヘルス指針というのが出されたのですが、52~61ページにわたって紹介している「4つのケア」という取り組みが挙げられます。この4つのメンタルヘルス指針がしっかり位置付けられ、機能していると、メンタルヘルス不調を未然に防ぐことにつながると思うし、より効果的な対応もできるかなと思います。それは企業の規模などにもよりますし、全ての職場にカウンセラーを置くというのはなかなか難しいと思いますけども、一番のキーになるのは、55ページの②で言う、ラインによるケアです。本書でも事例を紹介していますが、ラインというのは会社組織の中で、直属の上司や、あるいは従業員のメンタルヘルス不調にすぐ対応ができるような産業保健スタッフによるケアが軸となります。あるいは先ほど触れられた研修のように、日常的に啓発みたいなことがどれだけ浸透しているかというのも大きいと思います。そこがいわばある種のセーフティーネットみたいな感じで、早期に不調に気付けば、その従業員の方をどこに繋げばよいかという判断がつきやすいし、早期対応が叶うと思うんですね。

例えば、ちょっとこの人には業務の負荷が大きいから少し軽減をするという対応が出来ると思うし、いわゆる心の病気のようなものが疑われるとすれば、早めに医療機関や相談機関に繋ぐことができるとか。

③になると、カウンセリングルームの設置とかは、よほど規模が大きい事業所で、しかも意識の高いところでないと現状では整備されていない。ラインケアがしっかりしていて迅速な対応が出来るところは、不調者への効果的な取り組みもより実現しやすいと思いますね。

─ポイントとなるのはやはり、まず継続的に行うこと。例えばたまたまメンタルヘルスのセミナーに行ったから今日はちょっと部下の話を聴いてみようですとか、単発的に行うのではなくまず継続的に、日常的にラインケアが機能しているというのが一つ大きなポイントになりますか?

そうですね。それと連動はしていると思うのですが、そういうことができれば、企業風土も働いている人に優しくなるのではないかと。例えば、何曜日は必ず定時退社にしましょうとか、組合などが見回りをするとか。最近は電子カードで勤怠管理ができるのでしょうけどね。もう少しフェイストゥフェイスで声のかけ合いができるような会社というのは、メンタルヘルスにおいて優しい風土に繋がるのかなと思います。

─職務や仕事の負担を減らすなどの業務的な面と、後は対人によるケア。この2つが大きな要素として関わってくると考えてよろしいでしょうか。

そうですね。
加えて、メンタルヘルスケアの仕組みづくりといわゆるケースの積み重ねですね。カウンセリングルームであったり、医療機関であったり適切な対応や場合によっては治療が医療機関でなされるとか。それによってどう改善したかといういわゆる臨床心理的な事例はたくさんあると思うのですが、やはり会社や組織としては、そこにどう上手く繋ぐというか、早期に対応できるかという点が大事なのかなと思いますね。

 

|社内・社外における「斜めの関係」のメリット・デメリット

─最後に3つ目の質問です。社内・社外で斜めの関係を持つ効果の違いについて、いわゆる企業の取り組みの一つとして、直属の上司部下という関係ではなく、他部署の先輩後輩や、直接的ではない斜めの関係・繋がりを持つことが一つメンタルヘルス対策として注目されていると思います。例えばこれらの関係を一つの組織・企業内で持つ場合と、社内ではなく社外で持つ場合のそれぞれのメリット・デメリットについて岩崎先生の視点からお伺いしたいと思います。

これはやはりその会社、事業所の規模に大きく左右されるかなと思います。

例えば直接仕事の上での利害関係がない形で、社内で斜めの関係を作ろうとしても、規模が小さかったらいくら違う部署でも隣の部屋にいる場合もある。そうするとプライバシーの問題もありますよね。例えば、たまたま先輩が斜めの関係で、今直接仕事には関わってない人との交流が持てたとします。でもその先輩にあたる人は自分の上司の係長と同期だった……とか。居酒屋とかで、「君のところの誰々君は実は……」みたいなことにもなりえます。もちろんそれ自体も良くはないのだけれど、何よりも若い人からすれば、そういうことが起こるのではないかという危惧がありますよね。従業員の人数が多いようなところだったら社内でも上手くマッチングをはかることができるかもしれませんが、そういう企業の方が圧倒的に日本は少ないでしょう?

ですから、そういう意味ではあまり限られた規模のところでは、社内で斜めの関係を実現するのは難しいのかなと思います。御社が事業として考えておられるようなことは、自前ではなかなか行うことができない企業に対して提供できる可能性はあるのかなというのは一つ考えました。

一方、デメリットとしては、いわゆる第3の外部機関でそういう取り組みをする場合だと、自分の会社ならではの事情みたいなものが分かってもらえないといいますか。ですから御社がそういった取り組みをされるとすれば、クライアントとなる企業さん特有の社内事情にも理解を深めるようコミットして、共有できるような取り組みというのも必要になってくると思いますね。

─一社内で行う場合のメリットとしては、例えばその方から見た愚痴や改善してほしい点が、大前提共通認識として持っている状態から始まるため、本人からすると、分かってもらえると。承認とはまた変わってくるかもしれないですが、本当に理解してもらえるという認識に繋がりやすい。ただ規模がある程度ないと、またそこから不安や懸念も出てくるということですね。一方で社外の場合は完全に企業外で行う場合ですから、組織内に自分のなにかしらの内容が伝わることはないというのは一つ大きなメリットにはなるけれども、ある程度理解をしてもらって、それに対して返してもらっているという承認が持ち辛いというような認識でよろしいでしょうか?

そうですね。
チャンネルが違うかも知れませんが、私は企業が独自で置いているカウンセリングルームのカウンセラーを十何年間していましたけども、その会社内で通用する言葉って、やっぱりあるんですよね。例えば休職していた人が戻ってくるときに、「慣らし勤務」や「試し勤務」といった独自の用語を使っている会社も多いのですが、会社によってはこういう意味で使っているよ、みたいな言葉があるのです。例えばカウンセリング面接の中で、そういう話を共通の話題にするとクライエントにはすごく安心感があるんですよね。この人はこういうことも分かっているのだ、みたいな。全く外部だとその辺の説明をしないといけなかったり、ちょっとピンとこなかったりということがあるので、その辺りをどう乗り越えるかということがあると思います。

もう一つの懸念材料は、隣の芝生ですよね。外部で違う企業の人たちがそういうコミュニティに入った時に、「自分の会社はこんな制度ない」とか。「この会社はこういうところが恵まれているのにうちはダメだな」みたいなことになった時に、離職率をかえって高めてしまわないかみたいなことを経営側が考えるのではないかと思います。そのあたりをどう払拭、理解してもらうかというのも考えねばなりませんね。

─知見を広げる、色々な方に出会い、その中からインプット・アウトプットをもらう。それがひいてはメンタルヘルスの安定にも繋がるという部分と、逆にいわゆる隣の芝生効果、外と内と比較してしまう可能性という二つのメリット・デメリットとがあると思います。では、組織の視点に立った時に、最終的に企業・組織的な成長やプラスに繋がっていくという点においては、どちらの方が効果的だと思われますか?社内で完結するのか、それともやはり社外でも持つことが推奨されるのかという点について、お考えをお聞かせいただけますか?

理想を言えば、両方あった方がそれこそ選択肢にもなると思うのですが、現実として、やっぱりそれなりの規模や財力がある企業組織でないと自前では難しいと思います。効果としても、外部の人と交わって得られる多様な視点やそれに気付けるチャンスや刺激を受けるということは、ひいては自社内にフィードバックされて、それが新たな成果に繋がっていくと私は考えています。そういう意味では、有効な外部での交流の場というものはありえると思います。

─ありがとうございます。

参考文献『ストレスとともに働く―事例から考える こころの健康づくり』(晃洋書房 2017年)
【日本応用心理学会平成29年度齊藤勇記念出版賞受賞】