|プロフィール
氏名:太田 肇(Oota Hajime)
所属:同志社大学
研究テーマ:組織論、組織社会学、「個人」を活かす組織・マネジメント
近年、個人の人生・キャリアを選ぶための情報や選択肢が増えた事から、今後の社会において、企業の成長を目的とした場合、組織内に個人を抱え込むのではなく、社会や組織における個人の成長支援の機会や場を企業側の利害や目的が一致する範囲で行う「インフラ型組織」が求められていると提唱。
─本日は、太田先生に社員のモチベーションを引き出す具体的な取り組みや、これから広がっていくであろう「インフラ型組織」について伺ってまいります。本日はよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
|「褒める」ということが内発的モチベーションを高める
─企業が社員のモチベーションを引き出すのは重要な要素です。企業・組織側が社員個人の知識や経験、成長を体験する機会を率先して取り入れたり、推進したりすることは社員のモチベーションを上げる一つの要素になると思うのですが、社員のモチベーションを引き出すための具体的な企業の取り組み事例としてどういったものがあるでしょうか?また、その中でもより効果的なものとしてどういったものが挙げられますか?
まず一つは制度や制度の枠組みを作るということですね。
─制度の枠組みを作る?
はい。
努力をすれば、それが何らかの形で自分にとって価値のある目標を達成できたり、価値のある報酬を獲得できたりするような仕組みを作るというのが一つだと思います。
モチベーションには二種類あります。
一つは外発的な動機づけです。その典型的なものが成果主義です。会社の中でいえば、自分の意思 で昇進や異動ができるような仕組み、あるいは、自分が思い描いているようなキャリアが形成できるようなシステムを作るということです。また、報酬面でいうと、アメリカなどのように成果を上げると高額の報酬が手に入るストックオプションのような制度を取り入れたりなどですね。これらも外発的なモチベーションを高めるのに有効な方法だと考えられます。
もう一つは内発的モチベーションです。内発的モチベーションというのは、仕事そのものが楽しい、やる気になったとか、挑戦し甲斐があるとかそういった内側にあるものに働きかけることでうまれるモチベーションのことです。その中の一つとして例を挙げるならば、(社員に)楽しい仕事や変化があってチャレンジングな仕事を任せるなどの取り組みです。
また、裁量権を与えるというのも内発的モチベーションに繋がりますね。さらにいわゆる承認、つまり褒めたり認めたりすることも内発的モチベーションを高めます。
─個人の自由度、仕事における自由度を高めるというのが、一つの内発的モチベーションを上げる要素になり得るということですか?
はいそうです。
─個人からすれば、外発的な自身のインセンティブや地位などがモチベーションの高まりに繋がる。内発的なものとして、心身の余裕が仕事そのものに対するワークモチベーションを高めるという点で二つの要素の両方が必要だと思われます。
企業の成長という部分に着目すると、企業組織側の視点において外発的・内発的のどちらの動機を高めることがより有効であると考えられますか?
どちらかが欠けると動機づけには繋がらないと思います。ですから両方重要と言わざるをえない。それと人によりますね。例えばとにかく仕事が楽しければいいという気持ちで働いている人には良いですが、その会社に入った時に自分は一旗揚げるとか、将来自分の店を持ちたいとか、大金持ちになりたいとか、こういう気持ちを持って会社に入ってきた人の場合、その人に対していくら楽しい仕事を与えてもあまり効果がないですよね。
─インセンティブの形で外発的な動機づけを促すシステムに取り組まれている企業は多いと思いますが、仕事そのものが楽しいとか、職場環境や組織風土などの内発的モチベーションを上げる取り組みとしては、どういったものがより効果的に働きかけられる要素となりますか?
昔よくあったのが小集団活動と言って、みんなで一緒になって職場の改善について取り組むものがありました。もっと昔には、労働の人間化というものもありましたね。自律的作業集団と呼ばれるような自分たちで元々は分業していたものを仲間同士で行うグループを作り、一緒にチームとして自動車の組み立てなどするようなものです。これも一つの取り組みだと思います。
今では、褒めるという取り組みを取り入れているところが多いですね。カードを使ったりスマホを使ったりしている場合もあります。よくあるポイント制度とか、サンキューポイントのような形のものですね。
─社員個人が何かしら活動をし、働きかけたことに対する評価や反応と言えば良いでしょうか。それが形として残るというものが、内発的に動機づけを高める要素の一つになりえるという認識で合っていますか?
そうですね。そう思います。
これは私が実証研究をしていまして、「褒める」ということが内発的モチベーションを高めるということの裏付けができました。今からちょうど10年くらい前に執筆した『承認とモチベーション』という本などに載せています。そこに載っている実験結果などが代表的なものです。
参考文献:『承認とモチベーション』 著 太田 肇
|今後広がる「インフラ型組織」と変化
─2つ目の質問です。社員のモチベーション向上の事例と必要な要素について、社員・個人のモチベーションはその人個人の価値観などに左右されるものなので、数値的なデータとして、例えば管理職などチームを統括する側からすると把握し辛いかと思われます。
太田先生の研究で導き出したデータや結果の中でも、特にモチベーションを上げる要素として重要なのはどういったものになりますか?
やはり、むしろ外発的な動機づけの方が必要だと思っています。一番分かりやすいのが、アメリカの事例です。1990年代からのアメリカの企業の成長、不況からのV字回復の原動力になったのは、企業からスピンアウトしてシリコンバレーなどで起業することでした。そこで自分の理想とする会社を作るとか、有名になるとか、高額の所得を得るとか。こうした夢が実現できる、そういう機会が与えられていたからこそ、あのような飛び抜けて高いモチベーションが生まれたのだと思います。
─なるほど。一つの企業で終身雇用というよりも、あくまで企業を一つの学びの場や経験の場として提供することで、個人のモチベーションやそれが起因する企業内での業績、生産性の向上というものに繋がっていくといった認識でよろしいですか?
そうですね。それが『仕事人と組織』という本の中のインフラ型のイメージに近いですね。
参考文献:『仕事人と組織―インフラ型への企業革新』 著 太田 肇
─太田先生の論文なども拝見していく中で、「インフラ型組織」というのが今後広がっていくと感じました。これを形成する上で、組織として今までの囲い込み型が今後変化していくだろうと考えた際に、既存の企業形態から新しい方向へ変わっていくときにどういった点に気をつければよいでしょうか?
今までとガラッと変わるわけですから、変化に伴う反対意見なども出るかと思うのですが、変化していくために必要な要素はどういったものになりますか?
一つはその変化がすぐに撤回されない、いわゆる朝令暮改ではないということを本人に信じさせることが大事だと思います。
加えて、いきなり変えてしまうと、当然そのための心構えもできませんから、一定の準備期間が必要だと思います。例えば、今いる社員や新入社員にしてみても、いきなりそのような自己責任……私は「自営 型」と呼んでいますが、そういう風に仕事をするようにと言ったところで準備も出来ていないし、労力もありません。ですから、制度を変える時には、2年後に新しい制度に切り替えるというように期間を置くなどが必要です。
─いい方向に持っていくために色々な制度を入れ、色々な新しい取り組みを入れていく場合も、必ず準備期間が必要であるということですね。すぐに劇的に変化するものではないという認識を企業側も持っておくと。
そうですね。
それに加えて、社員個人が自己決定できるということ。自己決定、自己選択できること、それも大切な要素ですね。
お話ししたようなかなり独立性の高い働き方をしたいという人もいれば、一方では、今まで通りの働き方をしたいという人もいるでしょう。ですから一方的に変えてしまったら不安感や不満も強くなるし、色々な法的問題なんかも出てきますので、やはり本人が納得してそれを選択できるというのは大切な条件ですね。
─今まではどちらかというと企業や組織側の視点で目標や、目指す方向を定めていて、それに対して社員の方について来て欲しいというのが通常でした。しかし今後は、社員個人に焦点をあてた形での取り組み、いわゆる社員が自己決定・自己選択でき、自発的にどこにいきたいのかなどのキャリア形成ができるようにする。それを企業がサポートをするという形態を取るべきだということで合っていますか?
全くその通りです。
─つまりその形態をとることで、社員個人が自分はどんな仕事がしたいとか、どういうキャリアを積みたい、どういう生活をしたいというような、企業に依存せずその人個人がより自立した形で自己成長をしていくという形になりうるというものでしょうか?
はい、それには自己選択をするということにいくつかメリットがあると思います。
まず一つとして、自分で選べるわけですから、自分の将来の夢や家庭環境などの色々な要素に一番よく合わせられます。ミスマッチが生じにくいということですね。
それから、企業主導だとどうしても同じことをやっていてもやらされ感が生じるのですね。ですが、自分が選んだ場合このやらされ感がないのです。そしてそれが責任感にも繋がりますからメリットがありますね。
─逆にデメリットはあるのでしょうか?
デメリットと言えるかどうかわかりませんが、キャリアにしても仕事にしても、今まで自分で選択するという経験がないので、いきなり自分で選びなさいと言われても選べないという人がたくさんいると思うのです。ですからそこを企業がサポートしてあげられるといいですね。
─自分が選べない理由の一つとして、(選択肢に)どんなものがあるか分からない、知らないというのも大きな理由かと思われますが……。
はい。
それと、選んだことに伴うリスクなども知らない場合があると思いますね。
─リスクなどを知る一番のきっかけとなる要素はどういったものでしょうか?例えば、外部のコミュニティに参加するとか、いわゆるビジネス交流会など、そういった一つの組織内ではなく外部に出る必要があるとかですか?
交流会などの外部のコミュニティに参加するメリットというのはとても大きいですね。
それと、ロールモデルも必要だと思うのです。あの人がこのような仕事をしている、こうした地位についている。そこに至るまでにその人がどんな仕事の仕方をしていたのかということです。例えば、私生活を犠牲にして猛烈に仕事一途で頑張ってきて手に入れたのなら、それなら自分はやめておこうという気になるでしょうし、逆にゆとりのある生活を送りながらそうした夢が実現できたのであれば、じゃあ自分も挑戦しようという気持ちになるでしょう。あるいは、突出した能力がその人にあったわけでもない、つまり普通の人でありながらそれが実現できるようになったら自分もやる!という気持ちになるでしょうね。
─なるほど。それは言うなれば、身近であれば身近であるほど影響力が強いというようなイメージですね。
|人材流出ではなく、これからは共存共栄が企業成長の鍵
─最後の質問です。企業・組織の視点において、社員が自己成長などの部分で企業や一つの組織内ではなく社外活動を行うとします。
いわゆる個人の成長という点で言えば、外部のコミュニティに参加して色々なロールモデルを把握・認識することで自分もこうなりたいなどの内発的なモチベーションの向上に繋がるかと思われます。その点からすると、複数のコミュニティに参加し、より社外に出ることは大きなメリットかと思われます。
しかし企業の成長という視点から見ると、人材の流出に繋がるという懸念があるというお声もあります。そういった視点からすると、あくまで一つの社内研修や、社内セミナーなど組織内で行うものが適切、ないしはそういった不安要素を取り除く一つの要素となるのではないかというお話もありますが、太田先生の視点からはどのようにお考えですか?
そうしたデメリットもありますが、外部の空気に触れることによって、人材が流出するというのはそもそもその会社側に魅力がないということですから、そこで囲い込んでおいても本当のモチベーションというのは生まれないでしょうし、それでは引き留めることはできないと思うのです。
─その場では引き留めることができたとしても、長期的に見ればどこかで破綻すると。
その通りです。ですから引き留めようするのではなく、むしろ他にも移りたければ移れば良いけれど、ここの会社にはこんな魅力があるとか、あるいはここの会社で力をつけてから独立するほうが得だよと言えるようにする方が良いと思いますね。
─なるほど。社外に出た上での自社との比較、自社でのメリットというのを再提示するようなものが一つの解決策になりうるということですね。
それともう一つは海外でよくある話ですが、転出、あるいは独立しても、元いた会社とアライアンスを組んで、業務提携などをして仕事の一部を担当してもらうとかですね。こういった形で共存共栄するケースが多いですし、日本でもアルムナイという制度を設けて卒業生に対して仕事を発注し、卒業生の会を作ってそれを活用するという、むしろこれからはそちらが主流になるように思いますね。
─自社の社員が外に出たとしてもそれを応援するような企業の理念があれば、今度はビジネス的な部分で、出ていった社員の方がそちらでパイプを繋げてもらうということにもなりうると。
はい、色々なメリットがありますね。中にはUターン、出戻り社員を受け入れる会社も増えてきています。
─最後に今回のインタビューのまとめとして、例えば今回のコロナの騒動ですとか、既存の企業形態と今後の企業形態というものが一気に変わる節目という風に感じているのですが、太田先生が考える、今後社会的にもまたは働く方々に対しても求められる企業像というのはどういったものがありますか?またそれに必要な要素というのはどういったものが挙げられますか?
一言で言うと、やはり組織というのは優れたインフラであるということです。あの本を書いた20年余り前はまだそれがリアリティを伴っていなかったのですが、今はそのための条件ができていて、現実にそのような組織が至るところで増えてきていると感じます。
そのようなインフラ型企業をイメージすると、まず一つは働く人が能力を最大限に発揮して、自分の目指すようなキャリアを形成できるということと、もう一つは企業がそのエネルギーを会社の成長とか利益の方にベクトル合わせをしていくと。この二つだと思います。
─そうなるために新しい企業形態に舵を切りつつある企業組織がまず出来ることとしてはどういったものがありますか?
対象を限定して試していくということだと思います。
全社をそういう風に切り替えるというのはあまり現実的ではないので、そのような働き方をしたい人を個別採用するとか、あるいは本人の合意の上で、例えば自営型社員というようなのを選択できるようにするとかですね。それから少し大きな会社だったら、関連会社のようなところでそれを取り入れるとか、職種によってそれに近いものを取り入れるとか、このように周辺、あるいは範囲を限定して行うというのがポイントになると思います。そこで上手くいったら広げていけばいいわけですから。
─少しずつ少しずつ変化を生んでいく。それを増やしていくことで、最終的に大きく企業を変えていくというようなイメージですね。
そうですね。それと、そうは言っても新しい制度に取り組むとなるとみんな不安があって、萎縮してしまうので、新しい制度を選択した人にとって得になるような条件を色々つけてあげることも重要だと思います。
─フォローアップをしっかり行う、と。
フォローアップも一つですが、例えば報酬などの面やその他の面でもリスクを負うわけですから、そのリスクの負担する分のインセンティブ、アドバンテージが必要になってくるので、リスクを冒さない人と同じ条件だったら誰も選ばないと思うのです。
それともう一つは、実際に選んだけれどもやっぱり無理だったという人が元に戻れるということです。元のコースに戻れるということ、これも大事だと思います。
─チャレンジを勧めるだけではなく、その方がチャレンジをして上手くいけばそのまま進めていければいいし、もし上手くいかなかった場合でも戻ってこられる受け皿を用意しておくというのが企業として必要な取り組みということですね。
ありがとうございました。