|プロフィール
氏名:向日恒喜(Thuneki Mukahi)
所属:中京大学 経営学部経営学科 教授
研究テーマ:ナレッジマネジメント 、情報化とソーシャルキャピタル・自尊感情・居場所感との関係
職場における個人のメイン知識(仕事に直結する知識)の共有に着目し、特に知識共有の規定要因としてソーシャルキャピタル、個人の内発的動機、組織内自尊感情などに注目して調査と分析を行っている。
職場における社内の人間関係のみならず、私生活の人間関係もメイン知識の獲得につながる可能性から、企業の社員が社内外の人間関係を構築する事は企業にとって重要な戦略となる事を提唱。

 

ー今回、メイン知識(仕事に直結する知識)の獲得と共有について深くお話をお伺いしたいと思います。
宜しくお願いします。

はい、よろしくお願いします。

|なぜ社内のみでメイン知識を得ることが難しいのか

ーまず1つ目の質問です。私達のように企業に所属している社会人が仕事のための知識、いわゆるメイン知識を得る事は重要なポイントかと思いますが、仮に社内のみでメイン知識を得ることが難しい場合、その阻害要因としてどのようなものが挙げられますか?
※メイン知識:仕事に直結するような知識や価値観、働き方

阻害要因またはそれの裏返しの促進要因を大きく分けて、3つ挙げさせていただこうかなと思います。

1つ目が人間関係・ネットワークというものですね。これは大きく二つに分けることができ、一つは専門用語で強い紐帯と呼ばれたりとか、結束型のソーシャルキャピタルと呼ばれたりもするんですけど、いわゆる密な関係です。もう一つが橋渡し型ソーシャルキャピタルとか、弱い紐帯って呼ばれるような、弱いけれどもだからこそ色んな人と繋がってるというネットワークです。理論的には強い紐帯というものは、関係が強いが故に同質的な知識を得る事ができるんですけども、同じようなタイプの人と繋がってる傾向が強いので、いわゆる知識が同質化しやすいんですね。多様な知識を得るっていう意味では、弱い紐帯というのが重要になると言われています。

2つ目が、意見を得やすい、また意見を出しやすいような風土です。知識の獲得というのは、ある意味自分の能力のなさを示すことでもありますので、知識を獲得しやすい風土というのは、能力のない自分の弱さを出せる雰囲気というものですね。また、知識を提供しやすいという風土は、批判とかそういったものはないという雰囲気です。最近流行りの心理的安全性という事とも関連が強いかなと思います。

3つ目が個人の心理的要因で、まず、同じ風土でも従業員の心理状況によって受け取り方が違うということがあります。また、自分の評価とかではなくて、他の人のため・組織に貢献するために知識を提供したいという気持ちや知識を獲得したいという気持ちの問題ですね。自分の成長のためには知識が必要だというような、ある意味謙虚な気持ちというのも必要かと思います。

さっきの組織の風土と作りにも関連することでは、上司もそういう気持ちを持っておくといった心理的な側面も大切です。例えば知識がないという事を認めてあげるとか、批判をしないという事です。批判するという背後には、変な誇りとかプライドを持っているということがあるので、そういうものを持たないという上司の心理的な要因も影響しますね。

※参考文献:「職場における自己価値の随伴性が組織内自尊感情と知識獲得/提供行動に与える影響」向日恒喜著
URL:https://chukyo-u.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=18178&file_id=54&file_no=1

ー社内という一つのコミュニティ内のみでという事になると、この3つの要因が知識を得る、知識を共有する上での阻害要因になりうるということですか?

はい、そうですね。

 

|いまとは違う場所で知識を得たいというモチベーションが第一

ーありがとうございます。
では2つ目の質問として、社内ではなく社外でメイン知識を得る場合に、個人で行うものと、多人数…つまり何かしらのコミュニティに参加して行うものとがあるかと思います。それに対して、それぞれにメリット・デメリットもあるかと考えられますが、具体的にはどういったものが挙げられますか?

そうですね。
人数というのもありますが、結局そこで得られる情報の多様性、知識の多様性が重要じゃないかな、と思います。例えば、1人で社外の勉強会に参加したとしても、そこが所属している企業とかなり違うカラーのところであれば、参加する価値があると思うんですね。ところが、そこが企業の中と同じような風土、空気を持ってるような場であれば、新たな良い知識はあまり得られないかなと思います。

多人数のコミュニティであっても、同じようなタイプの人達が集まってるような……例えば同業者の人たちが集まってるとか、同じような風土の、例えば会社の中が体育会系のノリで本人も体育会系出身で、会社の外でその体育会系の人達と同窓会みたいな感じで集まった強い紐帯のような場合には、人数が多くても同質な知識しか得られないと思うんですね。人数の大小というよりも、そこで多様な知識が得られるか、会社の中と異なる知識が得られるかということが重要ではないかなと思います。

ー社外に出ても社内にいても、同質化というのが一つのポイントになりがちだという事ですか?

そうですね。
個人が多様な知識・多様な関係というものに踏み出していこうとするかどうかも重要かなと思います。

ーその個人が、今とは違う場所で違う知識を得たいというモチベーションがまず第一として重要であると?

はい。そこでまた重要なのが踏み出す勇気です。いわゆる違うコミュニティに参加するのは勇気が必要だと思うんですけど、そういう勇気です。これは会社の中でも同じだと思うんですよね。

ー知識の幅という点ではやはり多様な部分、同質化していない部分のコミュニティに参加するなり、入る方が知識を得やすいという解釈でも宜しいでしょうか?

そうですね。メイン知識の獲得というのは、多様性、イノベーションのために新たなアイデアを求めているための活動なので、そういう意味では多様っていうのが一つキーワードになると思います。

 

|社外でメイン知識を得させるために企業が取り組むべきこととは

ーありがとうございます。
では3つ目の質問として、企業の従業員の方がメイン知識を得るために、所属している企業側として取り組むべき環境の整備ですとかそういうものがあるかと思いますが、事例としてどういったものが挙げられますか?

そうですね。以前、多様な働き方で有名なサイボウズさんにインタビューさせて頂いた時に、外の知識を得る、外に出ていくっていう事を認めてもらえる風土のエピソードがありました。言い換えれば、今持ってる価値観、知識、それ以外のものに触れるという事に対して肯定的な雰囲気を組織が持っている事が重要かなと思います。

さっきネットワーク・風土・心理っていう順番で最初お話させて頂きましたけれども、いくらネットワークがあっても、結局そこのネットワークを通して知識を得られるような雰囲気や発信できるような雰囲気があるかどうか、さらにそれを従業員がしっかりと認識していないと、結局ネットワークが活きてこないという事になります。そういう意味でも、多様性を認める風土というのが非常に重要じゃないかなと思います。

(図 『組織における知識の共有と創造』 向日恒喜著 p.182より引用)

 

ーどちらかというと、環境の整備などの物理的なものよりも心理的な部分を整備する事が重要である、という事ですかね?

そうですね。組織もある意味結果を出したいので、従業員をコントロールしたいという部分があると思うんです。多様な知識を得させることでパフォーマンスを得たいのですが、そのために例えば「外に行って知識を得ろ!」とか、「こういう事をしろ!」という感じで無理矢理外へ出させたりとか、「無理矢理他部署との交流だ!」みたいな感じでやると逆に反発を食らう事になるんじゃないかな?と思うんですね。

ーつまり、そういった交流を求めていないところでの衝突というか・・・

いわゆる内発的・自律的なモチベーションを引き出すものとして、自己決定理論という理論があります。関係性・有能感・自律性、この3つが動機を他律的なものから自律的なものに持っていくっていう理論です。自律的な状況において、その中で良い関係を築き、自分たちが役に立っているというような感覚、または不要じゃないという感覚を持たせる事が重要かなと思います。

先ほどのサイボウズさんで育休を取られた女性の方々にインタビューさせて頂いた時に、自由に働き方が選択できるっていう制度で自律性が担保されている事が分かりました。育休をとっておられた方々が受け入れられてる、認められているという感覚も持てたと思いますし、そういう多様な働き方が認められているという事で、育休中も子育てに向き合って、そこで得た知識、経験というものを自信を持って会社にフィードバックする事ができているんですね。子育てをしていても、自分は会社に必要とされてる・役に立っている・受け入れられているという感覚を、いわゆる有能感を持っているから、会社の中に、仕事に様々な形で育休中の経験をフィードバック出来ていると言えると思うんです。

関係性・有能感・自律性というものを大切にしながらそういう場を設けていくっていう事が必要かと思います。

ーちなみにサイボウズさんでしたらそういった取り組みを行っていた、という下地があると思いますが、まだそういったところまで手が届いていない企業様もいらっしゃるかと思います。そういった取り組みのための一歩目としてのアドバイスとしてはどういったものが挙げられますか?
物理的な…例えば育児室などの環境の整備をすればいいのか、心理的な…風土というか、空気感・雰囲気を重視した方が良いのか…

今お話している内容は、私が以前に執筆した『組織における知識の共有と創造』という本に掲載しています。結局サイボウズさんなど、いわゆる働きやすい、多様性とか創造性を高めてる企業というものを見ていた時に、一つはやはりなんだかんだ言いながら企業の存続っていう価値観が重要なポイントになっているんです。企業としてはやはり組織を存続させる、という目的がある。もう一方で、企業の責任として社会とかお客さんとかに貢献する社会貢献という価値観を持っている。この二つの価値観を両輪として持っているというところがありますね。

企業の価値観が会社のベースとして共有されている時に、いわゆる共通の価値観というものを持つ事で社員が一体化するっていうところがあります。ただ価値観で一体化する時に、企業の存続に対してのウエイトが大きいと、その企業の存続が優先され、一体感が高まったとしても、企業の不正だったり、顧客のことよりも企業の利益っていうものが優先されてしまうんです。

そういう意味では、価値観で一体化するのはいいんですけども、内向きの価値観で一体化するのではなくて、お客さんの為とか、社会の為、そういう外向きの価値観を持って一体化していると、自然と外にアンテナを張ることができますし、外に出ても、そこで得た知識っていうのを中に持ち帰ってくる事ができると思うんですね。一方で外向きの価値観だけが重要視されすぎると、個々の従業員が自分のお客さんとか、自分の取引先、自分の関わっている地域などを大切にしすぎて、組織がバラバラになってしまうところがあるので、企業の存続と社会への貢献、この二つのバランスが大切じゃないかなと思うんですね。

会社がどういう風に地域社会の役にたっていきたいのか、お客さんの役にたっていきたいのかという事。それを従業員と共有しながらどうしていったらいいのかということを考えていくのが必要じゃないかなと思います。

(『組織における知識の共有と創造』 向日恒喜著 https://www.amazon.co.jp/dp/4495385313/

ー例えば知識の多様性を求めて色んなコミュニティに参加する、つまり社外で知識を得る活動をする事は、ノウハウの流出ないしは人材の流出に繋がるのではないかというお声も上がっております。この流出の懸念という部分では、向日先生の視点からどうお考えになりますか?

十分ありえると思います。ただその理由というのは、自社に魅力がないから流出に繋がるという事だと思うんです。ですから、本当にその会社に魅力がある、従業員がここで働きたい、ここでお客さんの為に役に立ちたいというものがあれば、そこで踏みとどまるんじゃないかなという気はするんですね。

自律性のある社員が今のコロナの状況で活躍しているというところがあります。自発的に判断して行動して…という事ができると。ただ、そういう人間は日本の企業では実は使いにくい人材でもあるんですね。いわゆる自分の考え、自分の判断を持っている人材です。さっき自律性と言いましたけど、自律的に行動できる人間というのは、企業側がコントロールできなくなるんです。だから実は経営者・管理者が、社員が自律的にならないように、そういう能力をスポイルしてしまってるという事があります。社員が他のものに触れて刺激を受ける事で強くなる。場合によっては経営者・管理者よりも多様な目線を身につけて色んな事を提案してくるかもしれない。そうすると経営者・管理者が自分たちがコントロールできなくなる事に対する恐れを持ち始めるんじゃないかと思うんですね。そこで会社が従業員をコントロールしよう、管理しようとして、自律性だ、多様性だと言いながらルールを設けてしまっている。社員がそこで自律性を持たない、成長しない、踏み出さないっていう事に対して、不満を持ちながらも実は自分達(企業側)がそうさせてしまっているという共依存的なところがあるんじゃないかなと思うんです。

そういう意味では、やはり経営者がいわゆる社員が成長するという事を恐れずに、色んなものに触れさせるという事が必要かなという気はするんですね。それで社員が外が良いと思ったら出ていく事を認めているということが大切とも言えると思います。ですから人材の流失っていうのを恐れて囲い込もうとするんじゃなくて、そういう事も受け入れながら、社員を社会に送り出すということが必要だと思います。