|プロフィール
氏名:古家 一憲(Kazunori Furuya)
所属:大阪体育大学 入試部
研究テーマ:多数の企業や組織が抱える「マンネリ化・タコツボ化組織形態」「社員のワークモチベーションの欠如」「自律的行動をする人材の不足」などの諸問題に対して、自身の大学組織内での実践経験を基に、従業員エンゲージメントの向上について考察・実践を行っている
 
 

|従業員のエンゲージメントにおける企業・組織的課題の主な阻害要因とは?

─ 1番目の質問です。
大多数の企業や組織の課題として、ワークエンゲージメントや仕事へのモチベーション向上が挙げられると思うのですが、この課題を阻害する要因として何が挙げられると思われますか?

まず初めに我々のような教育業界、または大手企業、中小企業などが抱えるそれらの組織課題は共通している部分があるかと思います。

企業の存在価値が問われる昨今、ビジョンやパーパス経営が流行っていますよね。
ただ掲げるのは簡単ですし、言うのは容易いのかも知れませんけど、実際に浸透させるためにどういう手法を使うのか、どのような体制でいくのかを十分に考慮する必要があると感じています。
もう少し実務、現場レベルにブレイクダウンしていくと、個人のモチベーションの部分が大きな課題要因として挙げられるかと。

その課題要因を解決するためには評価基準や評価制度はもちろん、マズローの五段階欲求にある相手を認めていくという「承認欲求」が重要であり、その人の段階によった欲求を見極め、個人に落とし込むことが必須になると思います。



1人が100人を見ることは難しいですが、1人が10人の不満や欲求に寄り添うサポートをすることは可能かと思います。

その上で浪商学園(大阪体育大学・大学院をはじめ、大阪体育大学浪商高等学校・中学校、大阪青凌高等学校・中学校、大阪体育大学浪商幼稚園を擁する学校法人)で経験してきたことを一つの事例・解決策として聞いていただければと思います。

まず学園、大学として、何のための存在意義、価値があるのかを、従業員はもちろん管理職や上層部にも浸透し、理解してもらわなければなりません。
学園として、どんな強みを目指していくのか、何を取捨選択していくのかというビジョンや想いというような目に見えない部分について普段から中堅、若手職員と話をしています。

今日もスタッフの相談をうけていたのですが、身近に相談できる相手は上司、先輩、後輩など、ちょっとした心の支えになれる人がいるか、いないかというのがこれからの社会、企業組織では重要となる要素でしょう。

これからの若い世代の人達は良い意味で凄く繊細だし、賢く、進化していると思っています。
我々としてはこれからの世代の人達と共に成長し、次の世代へ繋げていけるか、という企業視点、教育視点というのを持っておかなければなりません。
多くの企業も人材教育・企業成長を考えるうえで、中長期的タームのビジョン、指針を出しているでしょうけれど、そこをしっかりと今の若い世代をはじめ、中堅から上層部までがコミットし、モチベーションを持って頑張っていけるようなビジョン、指針となっているのかという点が組織のエンゲージメントを高める大きな要因になってくるでしょうね。

逆に、やる気のある人達が、やるごとに評価・認知されていかないような組織というのは、やはり衰退、ジリ貧になっていく企業の典型になりますね。
成長している企業は、自社の存在価値を理解し、従業員エンゲージメントを高める施策をしていますね。

─どれだけ心(信頼)のギャップを埋めて近づけていくのか、相手の感性に対して近付けていけるのかということですね。このギャップを近付ける事についての阻害要因としてはどのようなものが挙げられると思いますか?

先程お話しした組織課題に対して私が行っているアサーティブコミュニケーションを例に挙げますと、第一に重要な事は相手を「理解すること」だと思います。


・3つのコミュニケーションスタイルの特徴

領域 自己表現の特徴
非主張的 引っ込み思案、卑屈、消極的、自己否定的、依存的、他人本位、相手まかせ、承認を期待、服従的、黙る、弁解がましい
「I am not OK, You are OK.」
攻撃的 強がり、尊大、無頓着、他者否定的、操作的、自分本位、相手に指示、優越を誇る、支配的、一方的に主張する、責任転嫁
「I am OK, You are not OK.」
アサーティブ 正直、誠実、積極的、自他尊重、自発的、自他調和、自他協力、自己選択で決める、対等、歩み寄り、柔軟に対応、自分の責任で行動
「I am OK, You are OK.」

※ 古家様が執筆された「アサーティブ・コミュニケーションが従業員エンゲージメントを高める効果」表1参照


近年、大きく変わっていく教育課程の中で、これからはいわゆるZ世代が社会の中心を担い、プログラミングの知識を持った世代のような人達が出てきます。
そのような人達を意識して、知識をもったうえでリードし、常に学び続けるスタッフや上役が、これから先に必要となるロールモデルだと思っています。

つまり、阻害する要因というのは、それの逆だということになりますね。具体的に言うと、現場を知らない、現場を見ないというのが典型なものになるかと思います。

私達の場合、現場をしっかりと理解していないと、受験生や学生が見えなくなります。つまりは、志願者数減、企業的に言えば売り上げが落ちることになりますね。

絵に描いた餅のビジョン、目的では全く意味がないのです。
そういったトップが現場を見て理解していくことが、組織内のギャップを埋める、近づけるために、ひいてはこれからの企業全体の成長に重要な行動ではないでしょうか。

─つまり、まずは実際の現場や社員の方の状態、組織の現状というものをトップの方が理解して、知識として持ち得ている状態が必須であるということですね。

もっと具体的に言えば「生の声」を聞いているかどうかですね。
現場のスタッフの声を吸い上げているのかどうか、その声を吸い上げる施策があるのかどうか。
これは、企業が大きくなればなるほど本当に大事な要素になってきますね。

その意識、知識をもち、リーディングができ、チームワークエンゲージメントを分かっているかどうかで全然違うと思います。
そういう事を理解し、意識し、行動しているリーダーがいるのであれば問題は自然に解消していくでしょう。

イノベーションを起こすには、そういう感性を持っている人達を集めた組織体制での実行動が必要ですね。
逆説的に言えば、トップ層やマネジメント層が新たな組織変化に対して消極的、事なかれ主義的であると、優秀なスタッフを集めても機能していかないですね。

 

|組織として行った実践事例

─2番目の質問です。
古家様が行った取り組み(アサーティブコミュニケーション)を現場に落とし込んだ実践事例を教えてください。また、通常、エンゲージメントの向上は中・長期的アプローチで初めて効果が生まれるかと思いますが、古家様が実践された際には比較的に早期に効果が生まれたように感じます。その際に古家様が、組織全体の浸透に対して意識的に行ったことをお聞かせください。

まず初めに重要な認識として、アサーティブだけでは、全てが上手くいくわけではない、という点はご理解いただければと思います。

先程もお話した通り、事なかれ主義やトップメッセージが乏しい、組織のタコつぼ化、また何かを始めても「やったもの負け」のような要素、負の要因というのはそれぞれの企業にありますし、そういった要素・要因はスタッフと数週間一緒に仕事をし、話をしていたら見えてきますね。

私は負の要素がある程度見えてきた時に従業員全員とヒアリングをしました。それぞれの想い、考え方、ストレスをまず一人ひとりに聞きました。一人ひとりに聞いた共通の課題は、「情報共有をしてほしい」、「あの人は何しているのか分からない」という意見が挙がりました。

スタッフは、1、2メートルくらいの隣、後ろの距離にはいますが、パソコンを打っている背中が見えるだけですから、何をしているかは分からないですよね。そういう思いをみんなが共通して持っていたのです。


・ステージ1 衛生要因の改善項目

改善項目 具体的施策
情報共有システム 学生支援システム
スケジュールの共有
データの共有
イベント実施要領 各イベントの実施方法見直し
ミーティング 業務の進捗、改善などを報告・提案
部署目標 目標とフローの見える化

※ 古家様が執筆された「アサーティブ・コミュニケーションが従業員エンゲージメントを高める効果」表4参照

上記の情報システムの構築などの施策により、スタッフ間の状況が視認化され、業務効率の改善に効果が表れた。


 

─情報、認識の擦り合わせができていない状態ですね。

そこで、業務を2、3人のチームにして、そのチームに権限と責任を委譲する、という取り組みを行いました。
権限と責任を渡すことによって、その個人、チームに責任感やモチベーション、やる気が生まれ、そしてチーム単位で考えるようになりましたね。

ワンチームとなり肩書とか関係なしに議論しあいましたね。チームで目的と課題とポイントの打ち合わせをしていくことが大切です。

ちゃんと打ち合わせをしたうえで実施してもらうように、スタートアップの段階で私も入って一緒に考え、提案することもあります。どういう方向性でいくかのコミットがチームにできれば、後はそのチームに任せて、自律的な行動(オートノミー)が出来るようにもっていきます。

ダニエル・ピンクの『モチベーション3.0』という本があるのですが、私はこの本を教科書にしています。

─その取り組みの中の一つとして、アサーティブコミュニケーションというものを取り入れられたということですか?

そうですね。
そこから次の段階として、アサーティブコミュニケーションと併せて、それぞれが成長していけるような環境や組織にしていけるように、「学ぶ組織」を目指しました。

具体的には「自分が経験した学びや知識について話をしてもらう」というような勉強会を月1、2回開催することをルールとして実施しました。そこでの「ルール化」というのがポイントですね。

私達は、それぞれが学んだ社会の最先端の情報を学生達に伝えていかなければならない立場ですから、知識や情報を学んでおかないと学生支援ができない仕事でもあります。その意味でも、「学ぶ組織」がキャリア支援部の活動とちょうどマッチしていましたね。

キャリアコンサルタントとして、学生にこれからの将来について支援していく中においても、アサーティブコミュニケーションのスキルは重要となります。そのため、職員スタッフ間においてもアサーティブコミュニケーションを意識し、「お互いを尊重し合って、自分の言いたいことはちゃんと言える」というコミュニケーションを行っていきました。

またアサーティブだけではなく、ちゃんと段階と手順を踏んで実行していましたね。部内のグランドルールでは「敬意」のワードを掲げ、誰に対しても敬意をもって接して発言していく事や、「情報の共有」のワードを掲げ、常に情報共有を意識していく事、「自律性」のワードを掲げ、自律した判断と責任を持って行動をしていく事など、14のワードをグランドルールとして、それらを明確に示しました。


・部内ビジョン

共有ビジョン

敬意 誰に対しても敬意をもって発言しよう
自律力 自律した判断、責任ある行動をしよう
気づき 気づいたことはすぐに伝えよう
チーム チームで解決を考えていこう
称える 仕事で良かったところを言葉で伝えよう

※ 古家様が執筆された「アサーティブ・コミュニケーションが従業員エンゲージメントを高める効果」表5参照


これを部内ビジョンの「グレードⅢ」と位置付け、「グレードⅡ」に部内のKPIなどの数値的目標を入れ、「グレードⅠ」は部内の全体目標を掲げる、といったようにグレードⅠ・Ⅱ・Ⅲのビジョンをつくり、全体で共有しました。
そのグレードⅠ・Ⅱ・Ⅲを実践、達成するために、アサーティブコミュニケーションがコミュニケーションを繋げる必須のツールとなりますね。

参考:『モチベーションとは何か』(2003) 著 フレデリック・ハーズバーグ(「HBR」2003年4月 p.44-58)
https://www.dhbr.net/articles/-/1030
『The Motivation to Work』Frederick Herzberg | New York:(1959) Wiley,p.141-147<Analyze>
https://www.amazon.co.jp/Motivation-Work-Frederick-Herzberg/dp/1138536911

─実践内容を組織としてより効果的なものにするためにアサーティブコミュニケーションを取り入れ、それを職場内の共通認識として全員が事前に把握している段階を作っておく事で更なる効果が出てきたと。

アサーティブコミュニケーションの知識、経験の習慣は、日頃から学生と面談ができる環境にありましたので、アサーティブ的なコミュニケーションの体現は出来る環境にありました。
そのような環境下にもあり、短い間でエンゲージメントを高めることが出来たのかもしれませんね。もちろん、アサーティブの言葉すら知らない人もいますから、スタッフのメンバーにも理解してもらう為に説明会もしましたよ。

アサーティブを体験的に学生に対して行えるという事もあって、アサーティブコミュニケーションが部内のエンゲージメント向上につながり、目標を達成していく事が出来ました。その結果として、全国消防合格率1位、全国警察官合格率10位、高校保健体育科教員の就職率1位という成果を達成できました。

これは一つの成功要因として、スタッフのモチベーションが上がり、学生への「やる気」を引き上げた結果なのかなと思います。他の部署からもキャリア支援部で働きたいなど、憧れてもらえる職場にもなりました。

先程お聞きしました「ルール化」についてですが、一つのルールを全体に浸透させるために一番効果的な方法として、「回数」と「時間」の2つに着目した場合、古家様はどちらが効果的だと思いますか?
例えば、1回の時間を短くして回数を重ねる方が良いのか、それとも1回の時間を長くして回数を減らす方が良いのか。

そうですね…時間・回数というよりも、「見える化」と「行動」ですね。

勉強会では、私が全ての講師役ではなく、それぞれが主役になってもらって「来月はAさんが学び講座をしてくれる?何か考えておいてね」「Aさんは、金融情報とかスポーツ関係の経験があるから話してみてよ!事前にうまく話を振るからお願いします!」というように事前に交渉をしておきましたね。その次はBさんね、みたいなノリで…。
そうしたら、学ぶ側はもちろん、講師側も準備やプレゼンで自然と学びにつながります。大事なのは、それぞれ持ち回りで講師役になってもらう事かと思います。

それぞれがリーダーとしての役割を担う事で成長ができるし、逆にリーダーじゃない、聞き手側にまわる人は聞き手としての役割を学ぶ事ができるようになります。
役割を担うことで、新たな意識、価値を持つ事ができる好循環となる体制をつくりあげていきました。
キッカケをつくるためのコミュニケーションは常に意識していましたね。

ただ、回数が多すぎると問題になったりもしていましたよ。
やりすぎてもあまり良くないですね。

─回数は多すぎず少なすぎず、でも1回ごとに行う内容を充実させていく、といった具合ですね。先程伺った取り組みは、多くの企業でも挙がる「所属社員の自律性・主体性を引き出す」という課題の一つの解決策にも繋がるかと感じています。
「所属社員の自律性・主体性を引き出す」ための具体策として私がこれまでお聞きした中には、インセンティブや、その業務においてどういう仕事をしたら次のステップに進むのか、例えば一般社員から管理職に上がっていくのかを掲示する、というものがありました。

キャリアパスですね。

─または1年2年で業務を覚え始め、仕事がマンネリ化し始めるころに違う部署へ異動、という形でサイクルしていく。それを入社の時点で事前に伝えておく事で、業務のルーティン化、やらされ感にならないようにされているというお話もお聞きします。ただ、ピンポイントの解決策としては弱いのではないか、という意見もありますね。

ダニエル・ピンクのモチベーション3.0を参考にしてもらったらわかりますが、結局インセンティブはモチベーションの持続性の効果は低い事がわかりますので、インセンティブだけにしてしまうと、モチベーションの持続はなかなか厳しいでしょう。


・3段階のモチベーション図


ですから、本当の意味で自分のやりたい事や興味のある事など、その人の特性を伸ばしてあげるキッカケを作ってあげる事で、自律的にやる気が生まれ、エンゲージメントが高まるようになっていきましたね。

 

|社員の自律性・主体性を引き出す要素と阻害する要素

─一番の目的は、相手がどういう感性を持っているのか?ですとか、何が大事でどういう風にしたいのか?を理解する、知る、それが要であるという事ですね。

そうですね。
それが出来てくれば、相手が考えてやろうとしている事やサポートをしてあげる事も次第に出来るようになります。そういう風に良い意味での「空気感の読み合い」ができるようになって、自然に助け合い精神が出てきましたね。

助け合い精神が出てきたら、良いイベントができますし、良いイベントが出来るという事は、(私達の場合は)学生が良いキャリア醸成、キャリア教育ができるという好循環になりました。それを続けていく中で、個々人が自律性を持ち、何でも言い合える楽しい職場、ワクワクするような職場感を持たせることが少しずつ浸透していきましたね。スタッフが楽しく仕事を行っていれば、学生にも良い指導、良い教育が出来て、自身が目指す進路の選択が出来るようになります。

─本日のお話をお聞きして「学ぶ組織」というものが企業や組織としては理想的な状態だと思うのですが、古家様の思う理想的な組織としての在り方とはどういったものになりますか?

それぞれが自由に学び研鑽を積める環境の中で、やはり職員が笑顔になって、ワクワクしながら頑張っていこうと思える職場環境を作る事が、これから企業が生き残っていくための大きな要素かなと思っています。
人を活かし、教育し、成長し続ける事が、これからの時代を生き抜く成功要因となるのではないでしょうか。

─ありがとうございます。

参考文献:『アサーティブ・コミュニケーションが従業員エンゲージメントを高める効果